ソリューション・フォーカスト・ブリーフセラピー(SFBT)と依存症回復:心理的メカニズムと実践への示唆
ソリューション・フォーカスト・ブリーフセラピー(SFBT)と依存症回復:心理的メカニズムと実践への示唆
依存症からの回復支援において、多様な心理療法アプローチの有効性が示されています。その中でも、問題そのものに焦点を当てるのではなく、解決や望ましい状態、クライアントの持つリソースに焦点を当てるソリューション・フォーカスト・ブリーフセラピー(SFBT)は、従来の治療モデルとは異なる視点を提供します。依存症支援の現場において、SFBTのアプローチはどのように活用できるのでしょうか。また、その心理的メカニズムはどのようなものなのでしょうか。
SFBTは、Steve de Shazer氏やInsoo Kim Berg氏らによって発展した短期療法のアプローチです。その基本的な考え方は、「問題には解決策が内在している」「小さな変化が大きな変化につながる」「クライアントは解決のためのリソースを持っている」というものです。このアプローチは、クライアントの過去の失敗や病理に深入りするのではなく、現在および未来のポジティブな側面、つまり「例外」(問題が起こらなかった、あるいは軽減された瞬間)や「解決の徴候」を探し、それを強化することに焦点を当てます。
依存症回復におけるSFBTの心理的メカニズム
SFBTが依存症回復支援において有効に機能する心理的メカニズムは、いくつか考えられます。
第一に、ポジティブな焦点化がクライアントのエンパワメントと動機付けを促進する点です。依存症のクライアントは、しばしば自己否定感や無力感を強く抱いています。SFBTは、彼らの問題行動ではなく、回復に向けた小さな努力や成功体験、あるいは望ましい未来像に焦点を当てることで、クライアント自身の力や可能性に気づき、自己効力感を高めることを促します。これは、回復過程における重要な要素である動機付けの向上に直接的に寄与すると考えられます。例えば、小さな目標達成(例:特定の日の飲酒を控えることができた)を例外として捉え、その成功の要因を共に探ることで、クライアントは自身のコントロール能力や変化を起こせる力に気づくことができます。
第二に、未来志向のアプローチが回復の具体的なイメージ形成を助ける点です。「ミラクル・クエスチョン」(もし明日朝起きたら、抱えている問題が奇跡的にすべて解決していたとしたら、何が変わっているでしょうか、それにどう気づくでしょうか)のような技法は、回復した状態を具体的にイメージすることを促します。この明確な未来像は、曖昧な「依存をやめたい」という願望を、具体的な行動目標へと落とし込むための羅針盤となり得ます。回復後の生活や自己像を描くことは、回復に向けた行動選択を強化する内発的な動機付けとなる可能性があります。
第三に、クライアントのストレングスとリソースの活用を重視する点です。SFBTは、依存症を持つクライアントの中にある回復への意欲、過去の成功体験(依存とは無関係な領域でも)、サポートシステム、趣味やスキルといったリソースに注目します。これらの内在する強みや外部のリソースを探索し、それを回復のためにどのように活用できるかを共に考えることは、クライアントが自身の力で困難を乗り越えられるという感覚を育む上で重要です。これは、依存からの脱却に不可欠な自己の再構築プロセスを支援します。
第四に、協同的で尊重に基づいた関係性の構築です。SFBTのセラピストは、「知らないふりをする専門家(not-knowing expert)」として、クライアントこそが自身の人生の専門家であるというスタンスをとります。この姿勢は、クライアントに主体性を持たせ、自己決定を尊重する姿勢を示すことになります。依存症という課題に一人で立ち向かっているクライアントにとって、このような尊重と信頼に基づく関係性は、回復に向けた対話を安心して進めるための基盤となります。
依存症回復支援における実践への示唆
SFBTの原則と技法は、依存症回復支援の様々な段階で応用可能です。
- 初回面接や評価時: 問題の深掘りだけでなく、クライアントが何を望んでいるのか(WGO: What Goes On When Solved)、回復後の理想的な生活について「スケーリング・クエスチョン」(今の状態を0として、完全に回復した状態を10とすると、今はどのあたりでしょうか。少しでも良い方向(例えば1から2へ)に進むためには何ができるでしょうか)などを活用し、未来志向の対話を始めることが考えられます。また、これまでの人生で困難を乗り越えてきた経験(例外探し)について尋ねることは、クライアントのレジリエンスや対処能力に光を当てます。
- 回復初期: 渇望への対処やスリップ予防に向けたコーピングスキルに焦点を当てる際も、SFBTの考え方が役立ちます。「渇望を感じる状況でも、それを乗り越えられた経験はありますか(例外探し)」「その時、何が役立ちましたか(成功要因の特定)」といった問いかけは、クライアント自身の有効な対処法を再発見し、それを強化することにつながります。
- 回復中期以降: 回復したアイデンティティの確立や社会性の再構築が進む段階では、SFBTの解決焦点化アプローチが特に力を発揮します。クライアントがどのような人物になりたいか、どのような人間関係を築きたいか、どのような活動に時間を使いたいかといった、回復によって可能になるポジティブな変化や目標の具体化を支援します。これは、依存対象物を使わない生活に価値を見出し、維持していくための内発的な動機付けを強化します。
- 家族支援: 家族へのSFBTアプローチも有効です。家族が抱える問題(例:クライアントの再使用への不安)に焦点を当てるだけでなく、「どのような家族関係を望んでいますか」「以前、家族がうまくいっていた時期はありますか」といった解決焦点の問いかけは、家族全体の関係性の改善に向けたポジティブな変化を促す可能性があります。
SFBTは、依存症そのものを直接的に「治療」するというよりは、依存症を抱えるクライアントが「望む生活を構築する」プロセスを支援するという視点を提供します。その簡潔さとポジティブなアプローチは、特に動機付けが低いクライアントや、従来の長期的な問題解決アプローチに抵抗があるクライアントに対して、新たな視点や希望をもたらす可能性があります。ただし、SFBT単独で全ての依存症を解決できるわけではなく、依存の重症度、併存疾患、クライアントの認知機能などを考慮し、他の治療法(例:薬物療法、認知行動療法、動機付け面接など)と統合的に用いることが、臨床現場においてはより現実的であり効果的であると考えられます。クライアント中心のアプローチとして、SFBTの原則と技法は、依存症回復支援におけるセラピストの介入の幅を広げ、クライアントの内発的な変化を促進するための貴重なツールとなり得るでしょう。